コロナと大学院初年度が重なると不幸しかない
タイトルの通りです。
今日から、大学院の講義が始まりましたが、自分の才能の無さ、この学問への向いてなさを再認識し打ちひしがれています。
元々、理工系の思考回路は持ち合わせていません。ガッツリ文系脳です。
何を根拠に、というとガッコウの試験では国語・英語は少し勉強すればグンと成長したり、特に勉強せずとも良い点数が取れていました。
ある人がツイートしていましたが、「特に努力せずども簡単に良い感じに出来ちゃうことって誰しもあって、それを仕事にするとうまくいく」と。
私のゆく道は真逆です。天邪鬼をこじらせ、負けず嫌いの度が過ぎ、諦めの悪さがむくむくと成長した結果がコレです。
賢い同級生に囲まれて私が出来ることってなんでしょうか。
役に立てることも、これだけは負けないぞという強みも何も見つかりません。
今年度の始まりは実に不幸でした。
コロナウイルスによる社会不安の長期化が見込まれる事で22卒の就職活動はオワタ確実、そこに大学院での新生活スタートが重なり私のメンタルはボロボロです。
これまでは「いいところに就職できる」というニンジンが目の前にあったから、地方の弱小私大卒がジャイアントキリングかますぞと意気込めた訳です。ですがニンジンはもうありません。
未来はまだ何も決まっていないはずなのに、既に運命が決まっているかのような錯覚を覚えます。
もう無理だと感じた時にもうひと踏ん張りする方法を、私は忘れてしまいました。
ああしんどい。社会人院生の人もブログでも見て、勇気を貰って来ようと思います。